TVアニメ・シリーズ『ハルチカ』の第09話から〈入れ墨削除・叙述トリック・同時代のライバル?〉について少々。



TVアニメ・シリーズ『ハルチカ〜ハルタとチカは青春する〜』の第09話アスモデウスの視線」で気になった事を少し。
ちなみに、改めて指摘するまでもありませんが、これは「間違いの指摘!」とか「非現実的なお話しだ!」とか言うものではありません。何処までも気になった事だと、言うだけのお話です。なお、「叙述トリック同時代のライバル」については、大幅な脱線です。


DVD版ハルチカ〜ハルタとチカは青春する〜

ハルチカDVD01


〈Amazonリンク済み〉



気になったのは、ズバリ「入れ墨タトゥー)」の問題です。
一応話しを簡単にする為に、〈伝統・文化的な的な背景を持つ特に外国人〉が施したものは、敢えて省きます。




〈前大幅略〉

医療的側面

オートクレーブ等の殺菌方法によっては、血液中のウイルスを死滅させることはできないため、施術用の針やインクの再利用はC型肝炎等のウイルス感染の原因となる。
そのため、血液の付着する施術用の針やインクは、使い捨てにする必要がある。

昭和の頃に、和彫りの入れ墨を施した者に対してはMRI検査を、行うことができない場合がある。
これは、当時使用されていた刺青顔料に、金属が多く含まれているためである。MRI検査の際に、金属が多く含まれる顔料を使用した入れ墨がある部分に、火傷や痛み、入れ墨の変色が発生することや、MRI画像にノイズが入ることがあるためである。
このようなトラブルは、入れ墨に使われるインクの成分((特に酸化鉄やその他の金属成分が原因とされる) によって、発生する。病院ではMRI検査の前に、患者に入れ墨の有無を確認することがあるが、それは古い時代に金属顔料を含んだ、和彫りを入れた者に火傷が発生した事例が有るためである。ただし、このような事例は平成以降に製造されたタトゥーインク(酸化鉄などをチタンなど磁性を帯びない金属で代替しているインク)の場合には稀であり、アメリカ食品医薬品局は火傷のリスクに比べてMRIによる診断を行う有用性の方が非常に高いとしている。
もし仮に、MRI撮影を行う場合でも、入れ墨がある部分に冷却材などを当て、医療従事者が細心の注意を払い、異常があれば即座に撮影を中断できるような、体制を作ることが求められる。


入れ墨の除去

美容外科では、入れ墨の除去手術が行われている。
その方法としては、皮膚の表面を削りガーゼで顔料を吸い取る、自家植皮をする、レーザーで色素を分解する、入れ墨が小さい場合には縫い合わせる、といったものがある。入れ墨の除去手術をしても手術痕は残る上複数回の手術が必要となるため患者は苦痛に耐え続けなければならず健康保険が適用されないため多額の費用も必要であり、入れ墨の除去手術には種々の困難を伴う。
入れ墨を施す際には、除去手術がこのように極めて困難であることを十分に考慮する必要がある。

〈中大幅略〉


法的社会的規制


〈雇用〉

入れ墨をしていれば、就職採用に当たり身体検査のある大企業への就職や、客室乗務員、公務員への就任は困難であり、自衛官等は身体上の不具合として採用されない(募集要項に明記)。
入れ墨が原因で勤務先からマイナス評価を与えられたり、懲戒解雇の対象とされたり、コンプライアンスの観点から雇用契約を破棄されたりと、社会生活上様々なリスクを負ったケースも報告されていた。2012年02月の大阪市の事例では児童福祉施設で働く30代の市役所職員が子どもたちに入れ墨を見せて脅していたという件で、橋下徹大阪市長は全職員を対象にアンケート調査を行い、入れ墨が他者の目に触れる可能性のある職員に関しては、直接市民と接することのない部署への配置転換を行った。


〈生命保険への加入〉

生命保険会社は暴力団関係者の加入を断っているが、それは申込者に和彫りの入れ墨があり、暴力団関係者である事が明白な場合には生命保険への加入を断られる事がある。
理由としては、保険会社には社会的に健全な方法で、保険料を運用するという決まりがあり、刺青を入れている暴力団関係者に支払う事は、健全な支払いとは考えられていないので、原則的に加入出来ないとされ、モラルリスクのためである。

〈後半大幅略〉



と言う訳で、果たして「除去したとして、公務員である公立学校の教諭として、採用されるか?」は、かなり疑問です。
ただ私立の学校であれば、その学校独自の判断で採用も有り得ると思います。一番の問題は、生徒の保護者の反応です。
こればっかりは、どれだけ学校側や生徒が認めても、特に私立の場合は保護者が言わばスポンサーですので、余程学校の教職員と生徒の支持が無ければやはり難しいでしょう。
ただ逆に、そのような一切の経歴も含めて、「教員として信用に足る」と認められれば、異色の社会人経験者として、大いに期待されるかも知れません。何しろ働きながら、26歳で夜間大学へ入学し教育実習が受けられるまでになったのですから、今時珍しい?大変な苦労人教師です。

と言う先の話しはさて置いても、上記の通り「入れ墨を消して元の肌に戻す」事は、事実上医療的には不可能だそうです。
特に広範囲に色の付いた入れ墨の場合、その肌に火傷状のケロイドのような痕が広範囲に残る事は、最初から必要最小限です。そして、その除去施術自体が場合によっては命に関わるほど危険を孕み、医療施術上成功しても肌が馴染むまでの期間、激しい痛みが伴う事もまた必須です。
更に入れ墨の範囲が広ければ、例え黒墨一色でも除去の施術は回数を必要とし、それも先の施術の状態が完全に落ち着いてからでないと、次の施術は無理なので場合によっては、数年間掛かる事もあるでしょう。作品の中でも、簡単にですがその点に触れられています。

術後も激しい痛みを伴い、何年も係る処置。
しかもそれが無事に終わっても、永久に消えない傷跡が一生涯残り続け、健康保険の効かない医療は多額の費用も掛かります。これだけの覚悟をして、除去処置を受け続けながら、教員資格を取る為に働きながら、大学に通い続けたのならこの作品の、教育実習生がどれほどの決意を持って教職を選んだのか?想像を絶します。
大学に通う間に何となく、成ってみようかな?などと言うような安直な気持ちで無い事は、間違い在りません。なぜならこれだけの除去処置を受ける為には、教育実習が始まる(通常は大学3年)以前から処置を始めていないと、恐らくは大学卒業時に(通常は大学4年)教員免許を受け取っても、まだ完全に除去処置は終わっていないはずです。

これは、TVアニメを見ただけの勝手な推測ですが、大学入学時から既に除去処置を始めていたと考えるのが、自然な気がします。
果たして今時これだけの気概と、覚悟を持って教職に挑む学生がどれだけいるのか?大いに疑問ですが、もしいたとしたら、その後の困難も承知の上で是非に貫いて欲しいと、切に思います。まさにこの作品の中で、その恩師が言ったように「必ず生徒に必要とされる教師に成る!」そうであろうと、信じます。








ハルチカ〜ハルタとチカは青春する〜』

09話「アスモデウスの視線」



------------------

0907.jpg

0906.jpg

0905.jpg

0904.jpg

〈美人教育実習生?とは思えない、落ち着きと服装。見
事に伏線となっているのと、その為か?余りアップを多
用しないのも、ネクタイと違ってスカーフや女性用のスー
ツとパンツをキチンと描いて見せるのは、大変そうです〉


0910.jpg

0911.jpg

0912.jpg

〈果たしてこれだけ綺麗に、デジタルの赤外線録画で薄着
とはいえ、肌もしくは肌着が撮影できるのかどうか?条件
次第かも知れませんが、やや疑問です。それよりもこの腰
上の入れ墨の位置です!これが残りとなると、うっすらと
線も見えますが、背中に大きく入れていたと、思われます〉


0909.jpg

〈ある意味、既にミステリー界では常識に成りつつある、
古典的とも言える「探偵が犯人」のバリエーションとも
言えます。意図せずとは言え、問題解決を図る当事者の
行為が、全ての原因だったというパターンでしょう。〉


0908.jpg

〈自分自身に原因があると気付かずに、切に問題解決を願っ
た当事者と、そうとは知らずに計らずも原因を突き止めてし
まった当事者。この無言の擦れ違いが、見事にお互いのいや
この場全ての存在に、「問題の答えが全てでは無い」むしろ
より困難な事態の始まりを告げる。この叙述トリックの出現
により、完全に文芸迷宮に填り込んだミステリー文学。まさ
に、そんな深みへの誘いとも言える名場面だと思います。〉


0903.jpg

0902.jpg

〈果たしてこの先生に、来年度や再来年度の教育実習枠
をどうこう出来るのか?と言うのは野暮の骨頂でしょう〉


0901.jpg

〈この涙の笑顔に、救われた!気がします。是非先生に
なって貰いましょう!!と言いながら、ゲスの勘ぐりで
すが既に30代の彼女、もしゴリ先生が独身なら数年先
でも充分に許容範囲でしょう?お似合いだと、思うので
すが・・・「不倫じゃないわよ」と言ってましたか?〉

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

以下大脱線

世の中には常に、あるいは歴史には必然的に、「同時代性としか言いようの無い、偶然が生んだふたつの以上の才能」が、火花を散らすあるいは花を咲き乱す時があるようです。
古代歴史上の戦争の天才と言えば、アレキサンダー大王ですがこの時、同時代に並び立つ存在は、無かったのかも知れません。しかしその後の、古代ローマがまだ共和制の新興国となった時代、地中海を挟んだ反対側にはなぜか海の覇者として、カルタゴが大国として台頭して来ました。間を挟む地中海の制海権を巡り、この両者の衝突は避け難かったのでしょう。
最初は、海戦に不慣れなローマが敗れましたが、カルタゴもまた現在のイタリア半島を本拠とするローマに対し、陸戦では手も足も出ずに半島上陸を諦めて終わります。そして、カルタゴに後世に残る陸戦の天才、ハンニバルが登場します。ハンニバルは有名な象部隊によるアルプス越えを敢行し、今のスペインがあるイベリア半島から遠く陸路を廻って、遂にイタリア半島に雪崩れ込み、「カルタゴは海から来る」と信じて海防に全力を挙げていた、ローマの文字通り裏をかいて、ついには首都ローマを包囲する事に成功します。
後に、帝政ローマとなり東西に分裂し、イタリア半島の首都ローマを維持し続けた西ローマ帝国が滅亡するその時まで、首都ローマが敵軍に包囲されたのは後にも先にもこの時だけだそうです。しかし戦争の天才は、政治の天才ではなくこの時本国カルタゴからは帰還命令が出て、ついに撤退を余儀なくされます。
戦略や戦術では、手も足も出なかったこの時のローマでしたが、ついに政略で無敵の軍隊を撤退させました。


  


この時、幼き頃よりカルタゴとの戦役やハンニバルの戦いを見て育った、スキピオ(後の大スキピオ)が包囲されたローマ市の中で、秀でた若者に成長していました。
彼はローマでも最高に近い名家の出で、何もしなくとも出世は保証されていたようですが、武門の家でありながらしかも父と叔父が対ハンニバル戦の、初期の段階での一戦で逃げ帰る事を余儀なくされた。言わば因縁までも、持っていたそうです。そして、父や叔父から幾度と無く聞かされた、当時20代のハンニバルの大胆にして柔軟。剛胆にして緻密な戦略と戦術を、敗戦の執政官(ローマ共和国の伝統的軍事総司令官で任期は2年)である父は淡々と、冷静に語って聞かせたと言われています。
ですがその父と叔父も、傷が癒えた後でカルタゴの支配する、スペイン戦線に赴きそこで戦死してしまいます。そして未だ被選挙人の資格も無い、20代(当時のローマでは30歳以上が成人と認められていたそうです)の若者が兄と共に、最も低い地位の官僚選挙で当選してしまいます(ドサクサに紛れて?)。

さらに、30歳以上でないと成れない元老院議員でも無いのに、次々と前線指揮官を失って指揮官不足に悩む元老院に、未だ24歳のこの間やっと官職をそれも未青年という前代未聞でなったばかりの、若者が手を挙げたのです。
ハンニバルも前線総指揮官として、20代の若さでローマ軍を打ち破りました。そして、その後ローマはハンニバルには、負け続けます。しかし巧みな政略と、直接ハンニバルと戦わない場面では、勝て続けないまでも互角以上の戦いで、言わば持久戦状態に持ち込んでいました。
その一角の、スペイン戦線が崩れたのに妥当な指揮官がいない!この事態に、父と叔父を失った地で雪辱したいと手を挙げた、若者がいたのです。彼こそが、スキピオです。共和制ローマでも、前代未聞の前線指揮官です。
彼は若くして、ローマ市民に愛され実力者や有能な人々と、仲良くなっていました。これが決めてとなったのどうか?は不明ですが、共和制ローマはこの思わぬ賭けに乗ったのです。建国以来の未曾有の危機に、これが決めてとなると信じていた人は、当時はいなかった事だけは信じられます。

その後の展開は、歴史が雄弁に語っています。

ハンニバルと(大)スキピオに代表される、歴史上の両雄。
ミステリー小説の世界では、ミステリー(謎解き)小説の元祖と言われる、エドガ・アラン・ポー以来。

ホームズのドイルと、ルパンのルブラン。
そして、
アガサ・クリスティエラリー・クイーン(従兄弟同士による共同ペンネーム)によって確立された、叙述ミステリー
これによって、ミステリー物語はそれまでのクイズもしくはパズル的な「謎解きモノ」の物語化ではなく、完全に独立した1つの文芸ジャンルと成った事を、否定する事は今や不可能でしょう。

それにしても、ドイルとルブランは英仏海峡(ドーバー海峡)を挟んで、ポー以来の誰もが納得する機械的・パズル的なトリックを駆使しながら、それを読み物=物語として完成させるミステリー小説のシリーズ化。
さらには、登場人物の固定化による再現のない応用性(これが後にトリックの行き詰まりを生むのですが、物語が異なればトリックそのものは同じでも、別の作品として成立すという事実)を証明して見せました。ちなみに、ドイルは全くルパン・シリーズに興味がありませんでしたが、ルブランは勝手にルパンの物語にホームズを登場させ、あまつさえ・・・は興味のある人の為に、伏せておきましょう。
その結果、驚いたドイルが訴えて当時の著作権問題となり、更には当時実在した(のでその人から名前を拝借した)パリ市議会議員の〈アルセーヌ・ルパン〉さんからも訴えられ、現在では原作は全て「リュパン」となっています。また「ホームズ対ルパン」は「シャルメス対リュパン」となっています。ただ、翻訳時にそれぞれの国の言葉で「ホームズ対ルパン」にされています。

クリスティとクイーンは大西洋を挟んで、どうしてまるで計ったように、同時代に誕生し既に機械的・パズル的な客観心理的トリックの、行き詰まりを指摘されていたミステリーの世界に。
全く新しい、しかも無限の展開を予感させる新しい物語スタイル。「物語世界全体そのものがトリック」化した、叙述トリックを完成させました。有名な話しですが、時間的にはクリスティの代表作として名高い『アクロイド殺人事件』の方が、バーナード・ロス(クイーンのもう一つのペンネーム〈X・Y・Zの悲劇シリーズ〉シリーズ、とりわけ最後の『ドリル・レーン最後の事件』より速く発表されたので、この大仕掛けな物語トリックは、ミステリーの女王が最初に発表したという栄冠を手にしました。
ちなみにクリスティがいわゆる、「ミステリーの女王」と言われ始めたのも、この作品の頃からだと言われています。

耳の聞こえない名探偵、ドリル・レーンを送り出すなどまさに大西洋を挟んで、新作ミステリー勝負を繰り返した感のあるこの両者ですが、文字通りアガサ・クリスティの名を不動のモノにした、「そして誰もいなくなった」という作品を前にして、クイーンは言葉を失ったと言われています。
なぜなら、「当時、彼らもまったく同じトリックの構想で、新作に取り組んでいた」からだと言います。これには尾ひれが付いて、「その為にしばらく新作が出来無くなった」とか「エラリー・クイーン最後の作品で、これらを越える大仕掛けな物語トリックを描き出した」など、色々言われています。なお実際に探偵のエラリー・クイーン(これも1つの仕掛けで、作者と探偵の名前が一緒です)は、『最後の一撃』で、それまでのエラリー・クイーン・シリーズをひっくり返しかねない、とんでも無い結末を披露してくれます。
ただ、それで探偵のエラリー・クイーンは終わらず、更に幾つかの作品が登場しています。

ミステリー物語に、人間性を持ち込み心理描写まで含めた、人間ドラマに仕立て上げた功績は、よくアガサ・クリスティに当てはめられますが、これはどちらかというと日本人的な感覚な様です。
海外や、日本でも専門家はむしろエラリー・クイーンの方が、特に後期になってより人間性を追求した心理ドラマとしての、ミステリー性を追求したと感じているようです。特に初期の、いわゆる国名シリーズ(処女作?『ローマ帽子の謎』以降)などはそのトリックの緻密さや、テンポの良い展開でありながら、見事な伏線とその回収の鮮やかさから、「本格ミステリーのお手本」とも言われているようです。

なおクリスティとクイーンは、同時代に同ジャンルのトップを競った作家ですが、結局お互いに会う事はなかったようです。
そして特に日本では重要ですが、外国作品の実は本当の良し悪しを決めるのは、《翻訳》だという事実です。時代とそれぞれどういう読者に向けたのかにより、下手をすると全く異なる作品になる事があります。
子供向けの「ジュニア・ホームズ・シリーズ」なるもので、本来は記録者であり著者であるワトソンの一人称で綴られているものが、なぜか?3人称で「ワトソンは~」と成っているモノがあったりします。有名なので良く引用しますが、日本で名作と知られているあのSFの父の1人、『海底2万マイル』や『空飛ぶ戦艦』で有名なジュール・ベヌル。
彼が書いた、児童向け文学の傑作と言われるのが、『十五少年漂流記』で日本では最近でも、「無人惑星サヴァイブ」や「銀河漂流バイファム」などアニメの原作として、利用されます。しかし、本国のフランスはもちろん他の国々でもこれだけの高評価は、得ていません。ベルヌの作品としては、最低に近い評価が普通だそうです。

ではどうして日本では、これほど高評価なのか?その原因が、最初の翻訳です。

〈『十五少年漂流記』波多野完治 訳 新潮社
新潮文庫 1951年(昭和26年)刊行〉

15少年


これ以前にも翻訳本がありましたが、この《波多野完治・訳》版が最も広く知られタイトルも、この時から『十五少年漂流記』で、定着したようです。
そして実は、この翻訳版解説にもあるそうですが、「冗長な説明や場面描写など、多くの問題無い場所を削除訂正している」さらに、子供向けを意識して意図的に変更した点も多々あるとの事です。その上基本的にダイジェスト版なので、後に完訳版として〈『二年間の休暇』福音館文庫版 上下全二冊(朝倉剛翻・訳)福音館書店〉と言うのも出ているそうなので、読み比べてみるのも良いかも知れません。『二年間の休暇』が、原題の直訳に最も近いものだそうです。


  

そりゃマァ、分厚い文庫版もあるので一概には言えませんが、文庫本一冊分と上・下巻二冊分では圧倒的に、ボリュームが違うでしょう。
その上テンポとか読み易さも、特に児童書としては圧倒的に違う感じがします。と言う訳で、現在でも1951年刊行の新潮版は、文体や挿し絵・表紙絵などを1990年に改訂したモノを現在も刊行しています。



〈リンク切れ予備〉












関連記事
ブログランキングに参加しています
良けれポチッと押して下さい


ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 アニメブログへ にほんブログ村 漫画ブログ レディースコミック(ノンアダルト)へ
にほんブログ村 漫画ブログ 漫画考察・研究へ にほんブログ村 漫画ブログへ にほんブログ村 アニメブログ アニメ考察・研究へ

人気ブログをblogramで分析


ブログ拍手です管理者のみ閲覧コメントも可能

theme : ハルチカ
genre : アニメ・コミック

line
line

comment

管理者にだけ表示を許可する

line


line

line
プロフィール

HINAKA

Author:HINAKA
『あんのんブログPart2・HINAKAの戯れ言』です。
本来は、『あんのんブログ・HINAKAの雑記』としてSo-netブログであったものが、So-netブログから追い出されて、ここで新たに構築するモノです。

line
検索フォーム
line
最新記事
line
カテゴリ
line
閲覧者数
ソネブロ以来の
総アクセス数




FC2以降の
アクセス数




ブログ全体の拍手



管理者のみ閲覧の
コメントも送れます



管理者宛
メール・フォーム






無料アクセス解析




FC2専用
ランキング











アクセスランキング


ブログパーツ





FC2バナー広告





ブログ村の
各種ランキング

(切り替え可能)》




line
最新コメント
line
Amazonでお勧め















line
映画情報
映画.com



line
月別アーカイブ
line
リンク
このブログをリンクに追加する




line
RSSリンクの表示
line
ブログ掲示板

line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line