《追悼:旧記事より・先駆者「津雲むつみ」氏に捧ぐ》津雲(つくも)むつみ氏という女性マンガ家を御存じですか?マンガ文庫『ジャカランダ・ロード』から。




津雲むつみが肺がんのため逝去、65歳 - コミックナタリー
http://natalie.mu/comic/news/223435



突然の訃報に、茫然自失・・・言葉もありません。
まだ65歳!惜しまれ、悔やまれる人が、また一人逝ってしまわれました。

何と言えば良いのか、分かりません。
ここに、以前の拙ブログに記事として載せたものがありますので、図々しくもこれをもって御悔みとさせていただきます。

この記事は2011年01月29日旧ブログ現FC2ブログ記事リンク済みを、そのまま転載修正したものです。

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

津雲(つくも)むつみ氏という
女性マンガ家を御存じですか?
マンガ文庫『ジャカランダ・ロード』から
。》


正直なところ、このタイトル失礼と言えば、この上なく失礼ですよねェ~!
少なくとも、男女の恋愛TVドラマを良く見る方や、女性マンガ〈今は無き、「YOU」とか「Judy」、健在なのは「BE・LOVE」でしょうか?〉の大御所と言えるマンガ家で、何よりもこの分野のパイオニアにして、数々の名作や問題作を世に問うた、集英社の「セブンティーン」で、創刊当初から活躍されたまさに《女性マンガの旗手》と、言えるでしょう。


ジャカランダロード.jpg

ジャカランダ・ロード (YOU漫画文庫)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1998/07/17
  • メディア: 文庫


彩りのころ 1 (SGコミックス)

彩りのころ 1 (SGコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1989/09
  • メディア: 新書


彩りのころ 2 (SGコミックス)

彩りのころ 2 (SGコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1989/11
  • メディア: 新書


花衣夢衣 1 (YOUコミックス)

花衣夢衣 1 (YOUコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1994/09
  • メディア: コミック


花衣夢衣 16 (YOUコミックス)

花衣夢衣 16 (YOUコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 2000/07
  • メディア: コミック


他にも多くの作品を世に出されていますが、まず1968年に集英社からそれまでの少女マンガ雑誌よりも上の女性年齢層を狙った、マンガとファッションの総合雑誌として『週刊セブンティーン』が登場します。
後に、マンガ部門とファション部門を分離して『セブンティーン』の名はファッション誌の『Seventeen』へ引き継がれ、マンガ部門は『月間ティアラ』へと引き継がれて現在に至っています。

女性マンガ誌全体の事となると、それそれで大袈裟になるので、とにかくまずそれまでは具体的に〈女子高校生〉までを、主な読者層にしていた少女マンガの誕生と成長に呼応するかのように、読者もまた高年齢化して行きました。多くの知識人達による「マンガは子供が読むもので大人になれば自然とマンガから離れる!」という予想は、大きく外れその作品の完成度は読者の成長と共に上昇し、「マンガ=子供向け」と安易に考えていた大人達を、大いに困惑させていたようです。

同時に、現実の少女マンガの製作現場でも、問題が発生しつつありました。
読者の高年齢化が進むと同時に、作者もまた年齢と共に成熟し、非常に高度でデリケートな問題にまで踏み込む作品を、描くようになって来ました。同時に、新しい若い新人マンガ家も台頭して来て、現実の現場では対処できなくなる事は、明白となります。
そこでいち早く、集英社はそれまでの「週刊マーガレット」や月刊誌だった「別冊マーガレット」よりも、高い年齢層の女性読者を対象にした、新雑誌を創刊します。
それが、『週刊セブンティーン』であり、マンガ専門誌ではなくファンション記事との総合雑誌であったところに、まだ女性読者の高年齢化に対する懸念が、大きかった事を裏付けています。

そして多くの既にベテランとも言える、有名女性マンガ家がこの新分野への移行を、余儀なくされます。
この件に関しても、決して簡単な事ではなく、誰も彼もが喜んで移籍した訳では無いようです。それは、そうでしょう!?当時まさに少女マンガの片方の雄として、押しも押されもしない地位を確立していた「マーガレット」から、未知の女性雑誌の転向です。そもそも、読んでくれる読者がいるのか?すら、不安な状況でした。
ただ、ここで顕著な例を1つ上げるなら、「ベルサイユのバラ」でまさに、一世を風靡した池田理世子氏でしたが、連載当初から編集部内では「内容が少女マンガとしては高度すぎる!」と言う、懸念がありました。
幸いにして、御承知の通り「ベルサイユのバラ」は、少女マンガ誌上に残る大ヒットを記録し、さらに当時種々の問題から斜陽にあった宝塚歌劇団》が、故・長谷川一夫氏の演出により日本では珍しい本格的ミュージカルの舞台作品として、それも女性だけで構成される歌劇団による作品としてとして、異例の大ヒットを放ちました。

しかし、マンガ原作の表現としては、もはや少女マンガの枠では、限界でした。
池田氏も当時の編集担当も、当時の回想として何度も衝突し最後には編集長まで巻き込む騒動が、1度や2度では無かったと、語っているそうです。この為、作者自身も自分の作品を乗せる舞台として、「マーガレット」という少女マンガ誌の、限界を感じていたようです。
その為、後の長編歴史ドラマとなる『オルフェウスの窓』から、発表の場を創刊間も無い『セブンティーン(週刊と後に月刊も創刊されたのですが、面倒なので一括りにします)』へと、移る事になります。ですが全ての女性マンガ家が、素直に移籍に応じた訳では無い事は、容易に察しが付きます。

この頃、実は《津雲むつみ》氏は、少女マンガの中で、事実上鳴かず飛ばずの状態に、あったようです。
いわゆる、「デビューはしたものの・・・」という感じだったようですが、詳しい経緯は存じ上げません。ただ、講談社の「週刊少女フレンド」からデビューされたと言う事は、確かなようです。
それが、まさにどういう経緯か分かりませんが、新しく創刊するより高年齢層女性読者向けの、集英社「セブンティーン」から、声が掛かったようです。「17歳」と銘打ってはいても、狙いは明らかに大学生以上の女性向けマンガ!当時としては、未開の荒野であり既に少女マンガで大成している作家にとっては、無用な冒険は避けたかったのでしょう。
また、その作家を抱える各々の編集者にしても、自分の手駒にワザワザ危ない橋を渡らせる気はなかったでしょうから、既存の作家の移籍だけではマンガ家の数が、足らなかったのかも知れません。

ただ言える事は、結果としてマンガ家津雲むつみ》氏は、最初から「セブンティーン」で本格的に作家デビューをした、最初の作家。
新創刊の(パイオニア的な)大人の女性対象(いわゆるLCと略くされる、レディース・コミックですが、女性向け18禁アダルト・マンガと区別する為に、敢えて「女性マンガ」と表記します)の女性マンガから出発した女性マンガ家!と、言う事が出来ると思います。

そして何と言っても、彼女の名を知らしめ不朽のものとしたのが、上にも作品を御紹介していますが、『彩りのころ』が1968年の創刊間も無いセブンティーンから連載されます!そしてこの作品は、他の「セブンティーン」作品と同じく、少女マンガや女性マンガの枠を越えて、マンガ界全体はもちろんの事、ある意味では当時の社会全体に対する、大激震を引き起こしました

後に「このこ誰の子」と言うタイトルで、フジTVが全22話のTVドラマ化をしていますが、再放送も無く現在に至るまで、ビデオ化もDVD化もされていない、幻のTVシリーズです
個人的には、まったく興味の沸かないドラマですが、当時としては原作を含めて作品自体が、衝撃的内容!だったようです。また、少女マンガに比べて(後のアニメ・ブームによるアニメ化とは異なります)女性マンガの、実写ドラマ化率が非常に高くなった事の、先駆けとも言えます。
この作品に関しては、それだけで時代や社会背景も含んだ、総合評価に値する《長編マンガの問題作!》という表現に値しますので、とてもではありませんがこの程度のブログ記事では、安易に手は出させません。ただ、津雲むつみ》という女性向けマンガの先駆者を御紹介するに当たって、避けては通れない作品と言う事で、引き合いに出した次第です。

皮肉を申し上げれば、この作品は文字通り1(いち)~10(じゅう)まで、先に成立した『改正・東京都青少年健全育成条例』に、直球ド真ん中のストライクで規制される!内容です。


と言う訳ではありませんが、ここからは別の作品の御紹介になります。現在のマンガ文庫タイトル『ジャカランダ・ロード』です。



時代の評価というものは、面白いものです。

今回、御紹介する津雲むつみ氏の、マンガ文庫のタイトルになっている、『ジャカランダ・ロード』という作品は、当初読み切り短編の1つで、そもそも1話で終わっています(雑誌掲載時は前後編)。
さらに、この結果としてこの作品には『ジャカランダ・ロード』の文字通り〈ジャ〉の字も入っていません。当然続編が出る予想も予定も、無かったのだと推測できます。
また、さすがに掲載された本誌では、どうだったのかは分かりませんが、初出のコミック収録では当時の、作者としての人気連載だった(と、思われます)、「フェードインLOVE」というアイドル歌手を目指す女の子の物語〈全4巻〉の、最終巻の巻末に穴埋めとして入れられていました。

王国の獣達(けものたち)へ』それが、この1作目(前作)のタイトルでした。
ですが、当時のセブンティーン・コミックス「フェードインラブ・第4巻(完結)」の表紙にも裏表紙にもどこにも、この作品の紹介はおろかタイトルさえ有りません。どういう扱われ方の作品だったのかが、わかります。
なおこの初コミック掲載当時、セブンティーン・コミックスもそれまでの少女マンガのコミックスと、同じ形態で出版されていました。1986年当時、未だにレディーズ・コミックはその独自の境地を、切り開いてはいなかったと言えます。
問題の「王国の獣達」は、当時としては非常に珍しい、アフリカ大陸東部に位置する〈ケニア共和国〉が、舞台となっています。文庫版の後書きによると、作者は大のアフリカ好きで、同国をよく知っていた為に、この当時としては異常なほど、この頃の同国やアフリカの雰囲気が伝わる、描写をしています。
その頃は、順調な発展を遂げると思われていた同国ですが、現在(2011年)隣国のウガンダやソマリアの、内政混乱により多数の難民が流入するなど、近代化と経済発展が順調であったが故の難問に、直面しています。
ただ、その状況下でもアフリカの優等生と言われるほど、国民の識字率や国民一人当たりのGDPは高く、アフリカ関連の多くの国際機関や企業の拠点が、置かれています。
〈2011年1月現在、首都・ウガンダには「国際連合環境計画」と「国際連合人間居住計画」の本部があります〉

ちなみに、まだアフリカ行く前の作者自身ですら、アフリカ旅行をするというマンガ家仲間に対して、「遺書は書いたか!?」と真面目に言うほど、当時は遠い国でした。
時間的距離は縮まったのかも知れませんが、意識的感情的そして知識的な距離感は、日本人一般の認識は1968年頃と今も余り変わっていない気がします。もっとも、観光立国として非常に自然保護に熱心で、広大な面積を持つ(作品の中で「ツァボ国立公園は日本の四国よりも広い!」と紹介されています)約10件の、主な国立公園を維持管理しています。
その為、治安の良さも手伝って(当時のアフリカの中では!)観光や教養番組の取材は多く、日本でも現在では「アフリカの自然の王国」というイメージが、定着しつつあります。

そして作品でも、主人公はその自然の中で動物達を撮影したいという、趣味の大学生カメラマンとして、登場します。
ただ、彼の父親も有名な自然動物カメラマンでしたが、このケニアで突然の発作で倒れ、救急隊が駆け付けた時には、既に亡くなっていたという背景があります。その為、彼の母親は息子の写真好きやケニヤ行きには、大反対でケニアどころか、アフリカ大陸全体さえ嫌っているという状態です。
ただ、同居している父親の両親つまり主人公の祖父母は、息子がそうだったように、孫も同じような趣味嗜好を持つ事に、複雑な思いはあるものの息子の意志を継いでくれたという、嬉しさも有るように描かれています。

そして主人公は、ケニアで父親の親友だったという、ケニア人の夫と日本人の妻という夫婦の、思いもよらない歓待を受けて面食らいます。
さらに彼を驚かせたのが、その夫婦の一人娘で外見的には、まったく日本人の血縁を感じさせない黒人として描かれた娘です。肌はまさに黒人ですが、髪の毛や顔立ちは日本人的で、結果的に非常にスタイルも良い、ある種理想的な女性として、容姿端麗眉目秀麗才色兼備但し黒人!という、描かれ方をしています(この手の御都合主義は、マンガの特権と言えるでしょう!)。
しかも、その家は祖父の代にコーヒー豆の大農園として成功した大富豪で、父は外交官として日本人の妻と共に世界を飛び回っているという、羨ましい家族です。ただ1つ残念な事は、その日本人の母親は両親。特に父親(娘から見れば祖父)が勧めた見合い相手を断り、黒人男性と結婚した為に一人娘を勘当して以後、二度と娘とも孫とも会おうとはしない事です

孫に当たる娘もまた、1度だけ母に連れられて訪れた日本で、黒人で有るが故に晒される好奇の目と、自分を孫と認めようともしない祖父の、傲慢な態度にすっかり日本嫌いになっていました
それまで母親に、日本と日本人の良さだけを知らされていた娘は、期待が大きかっただけに失望も大きく、以後「日本も日本人も大嫌い!」になったと言います。しかし、共にサファリ(ここでは自然と動物の観光旅行の事で、主人公は撮影目的の為にツアーから離れて父親の友人夫婦が娘をガイドに、個人的に運転手と車を貸してくれました!(さすが、金持ち!!)に出掛け、広大な自然とその中で生きる動物達の姿、それらを追う内に付き添ってくれた娘に、好意以上の感情を抱くのはお約束でしょう?

しかし、同時に同じツアーで同宿となった日本人男性(どう見ても田中角栄元首相がモデル!)が、酔った勢いでこの娘に売春(もともとアフリカ人女性とのそれが目的だったようです)を強要し、逆にコーヒーを浴びせられながら、「日本人は日本に帰れ!」と罵倒されます。
アフリカという大地、ケニアという母国に誇りを持つ彼女には、肌の色だけで相手を見くびる日本人の態度が、我慢できなかった!のは、当然です。

主人公もまた、未だに「夫(主人公の父親)を奪ったのはアフリカ!日本なら助かったのに!!」という、逆恨みと知りながらも呪い続ける母親がいるだけに、人種や国の違いを改めて思い知らされます
翌朝、昨晩の罵声が勢いの結果とはいえ、他の日本人ツアー客には何の落ち度もなく失礼に当たった事を素直に詫びる彼女に、主人公はもちろん他の客達も特に女性陣が、「女を買うとしか考えていない男には、コーヒーでも何でも掛けてやれば良い!」と、むしろ日本人としての非礼を詫びます。
彼女は、その優しさに思わず涙ぐんでしまいすが、同時に主人公は完全に彼女に参ってしまいます!
まァ、当然で・・・どちらかと言うと、何で彼女がこの主人公を!?と言う方が妥当なのですが、それは言わない約束でしょう

既にお解りと思いますが、この作品は短編でありながら、当時の日本や日本人の問題
意識的無意識的な、人種や外国への差別感。さらには、男女差別自体の問題と、多くの問題を投げ掛け見事に、一話で終息させて行きます。しかも、その作品が長編の穴埋め的に扱われると言うこの現実の凄さ!

コミックスで読んだ当時(この頃は未だ本屋でマンガの立ち読みが可能でした)、表題作との余りの落差に愕然としました!
その為、現在至るまで手元には「フェードインLOVE」の第4巻・完結編のみがあり、そのシリーズの前の物語は知らず仕舞いです。
そして、まさかと思っていたのですが、この続編が登場したのには!本当に驚きました
しかも、またも他の作品との抱き合わせの短編集の中にまた穴埋め的に1本ポツンと入っていました!
描かれたのは、新たに女性マンガ誌よして刊行され長く集英社の、看板女性向けマンガ誌として有名だった「YOU」で、1987年の事です。つまり、前作になる『王国の獣達(けものたち)へ』が1986年の作品ですから、翌年には続編が描かれていた訳です。

そしてこの後編こそが、現在文庫版のタイトルとなっている、『ジャカランダ・ロード』です。
ですが、単行本への初掲載は1993年刊行の『Dear・My・Baby(ディア・マイ・ベビー)』という短編集の、穴埋めです。それが証拠に雑誌掲載されてから、6年間も放置!されていたのです!!
今回は、既に現在の女性マンガのコミック・スタイルが取られて、表題作品も《不妊》を扱った、今日的な問題を題材にしたものです。ものなのですが、何で6年間も放置さていたのじゃァーッ!と言うのが、こちらとしての本音です。
ですが、残念ながら現在に至るまで、これが女性向けマンガがコミック化される、大問題でもあります・・・。


Dear My Baby (YOUコミックス)

Dear My Baby (YOUコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1993/01
  • メディア: -


ジャカランダ02.jpg

フェードインLOVE 4 (セブンティーンコミックス)

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1986/10
  • メディア: コミック


いずれまとめて、記事にする機会もあるかも知れませんが、どういう訳か〈女性向けマンガ〉や〈18禁指定・成人向けマンガ〉は、まず圧倒的に定期購読者が少ない!
という、悲しい現実があります。まァ、〈18禁指定・成人向けマンガ〉は今回の東京都の条例改正を待つまでもなく、自主的に書店や売場を限定している為に、そもそもの出荷量が他のマンガ雑誌に比べると、圧倒的に少ない!という、根本的な問題があります。

どういう訳か、少女マンガは売れているのに(もちろん、出版界全体の斜陽傾向には、同調しています)、なぜか極論を言えば同じ作家が描いているのにも関わらず、極端なまでに〈女性向けマンガ〉誌は毎号連続して講読してくれる読者が、圧倒的に少ないのです。
結果として、余程の作品や大物作家の連載以外は、ほとんど連載でも読み切りが基本です!いわゆる、読み切り連作(連載)という形式です。
同時に、呆れるほどコミックスが売れません!当初「セブンティーン」は始めての大人の女性向けマンガ誌と言う事もあり、全ての範を少女マンガから取りました。
その結果、少女マンガと同じように長編連載を柱に、コミックスも多く出るような形式でした。ですが、他の女性向けマンガ誌が台頭して来ると、先の問題が顕著になって来ました。

この為、いわゆる読み切り連作では無い、長編連載が圧倒的に減り同時にコミック化率も少なくなりました
分かり易く言うと、大人の女性達はなぜか?〈女性向けマンガ〉を、講読しようとはしないのです。さらにそれならばコミック化されれば購入するかと言うと、それもありません。基本的に高年齢層の女性はいわゆる、自分達向けに発行されたマンガを積極的には購入しようとしません。
それが、例の「子供から大人への変化」では無い事は、むしろ今の多くの少年マンガや一部青年マンガを、買い支えているのがその収入のある高年齢層の女性達だという現実が、高齢化した女性読者のマンガ離れ!が、原因では無い事を示しています。

なぜ、こうなるのか?は今のところ、理由はハッキリしません
ハッキリしませんが、この現象は〈売れない→販売数制限→目にする機会が減るのでさらに買わない→ますます販売数が減る〉という、負の連鎖を起こしています
当然ですが、コミックス化も同様の憂き目にあっています。大判の正規コミックスよりも、むしろ文庫版化された方が売れる!?というのが、昨今の情勢です。

それはさて置き、ある意味で誰も知られずに、穴埋め作品としてそれぞれまったく別々のコミックに、収録されていた『王国の獣達』と『ジャカランダ・ロード』が、ようやく文庫本化の時点で1冊の本にまとめられました。
これが現在も入手可能な、〈YOU特別編集版〉として、それまでの多くのコミックス未収録作品も含めて、「津雲むつみ30周年記念作品集」という位置付けが、女性作家にとって良いのか悪いのか、いささか疑問?ですが、とにかくようやくこの2作品が、大きく認められたと言えます。
何しろ、文庫版のタイトル自体が『ジャカランダ・ロード』とされ、その紹介文は堂々と「アフリカの大自然を背景に描く長編」とは、正直「何を今さら、(編集者の臆面の無さに)恐れ入ったよ!」ってな、感じです。

そして、続編に当たる『ジャカランダ・ロード』の内容は、前作で知り合った二人がその後も国際的遠距離恋愛を続け(この辺をサラリと描いてしまうのが凄いと思います!)、主人公は念願のカメラマンとして、ヒロインはケニアのとある観光局で、優秀なスッタフとして活躍しています。
前編の部分で触れていませんでしたが、彼女はナイロビの大学生の時から、自国語であるスワヒリ語は当然として、母親の母国語である日本語。さらには、植民地時代の名残と国際語としての一般性から英語はもちろんフランス語まで、自由に日常会話が出来る才媛です。この続編では、最初の出会いと恋に落ちてから、5年後という事になっています。

作者は文庫版の後書きで、「自分には珍しいハッピーエンド!」と自ら記しています。
実際に彼女の作品が、全体的に苦手なのはその殆どが圧倒的に暗く悲惨で辛い悲劇の連鎖的な内容だからです。個人的に、完璧なハッピーエンド嗜好ですので・・・自慢になるか!?
そして同じ文庫の中には、他に絶望的に暗い(これも作者によると「当時はセブンティーンだったからね」この程度だった!と言わんばかりの調子です!!)『緋の闇(ひのやみ)』という短編が入っています。タイトルからも察せられる通り、作者が2度目の日本マンガ家協会賞優秀賞を受賞した、『闇の果てから』とある種通じ合う、暗く悲惨な物語です。作者によれば、これも実在の事件を下敷きにして、まったく異なる物語を作り上げたと言いますが、どちらかと言えばこちらが彼女の本領でしょう。
もちろん改正都条例では、完全にアウト!な内容です。既に、同じく日本マンガ家協会賞優秀賞を受賞した、『彩りのころ』ですら、作者的には「まだ少女マンガから抜け出していない」と言うのですから、ある意味勘弁してくれ!です。

闇の果てから (1) (ユーコミックスデラックス (257))

闇の果てから (1) (ユーコミックスデラックス (257))

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1993/08
  • メディア: -


闇の果てから (2) (ユーコミックス (261))

闇の果てから (2) (ユーコミックス (261))

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1993/09
  • メディア: -


闇の果てから (3) (ユーコミックス (264))

闇の果てから (3) (ユーコミックス (264))

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1993/09
  • メディア: -


闇の果てから (4) (ユーコミックスデラックス (266))

闇の果てから (4) (ユーコミックスデラックス (266))

  • 作者: 津雲 むつみ
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1993/11
  • メディア: -


これも、とても当ブログの記事で、取り上げられるような作品では無いので、御紹介のみに留めておきます。

さて、いよいよ『ジャカランダ・ロード』ですが、正直なところこの文庫版収録に当たって、驚いた点が幾つかあります。
まず文庫版とは言え、一応コミックスの《表紙タイトル作品!》なのですから、それなりの扱いというものがある?と思うのですが、原稿が酷すぎます!
まず信じられないほど、画面が他の収録作品に比べても、粗くなっています!これではまるで、雑誌掲載作品をコピーしたのではないか!?とさえ思えるほど、細かい線や文字が潰れています
特に、ヒロインが黒人だと言う事もあり、黒塗りの濃淡で描かれた場面も多いのですが、信じられないほどその濃淡が潰れて、著しい場合には黒ベタの中に描かれた、影絵のような描写シルエットそのものが、ほとんど見えなくなっています!
それが、この作品の1頁目からだと言う事に、唖然とします。
もし以前に掲載された、大判のコミックスを持っていなければ、そこに何かが描かれている事すら気が付かないかも知れません!

何しろ、見開き表紙で夕映え(朝焼けかも知れませんが・・・)が美しいアフリカの大草原に立つヒロインが黒髪の黒人の為にせっかくの(?)オール・ヌードの振り返りポーズなのが、夕映えの空の闇と肌と髪の色が溶けて、ほとんど濃淡の差が分かりません!
よくも、このような印刷を、作者が許したものだと逆に呆れるほどです!もちろん、文庫本化による縮小によって、ある程度濃淡や細かい線が潰れる事は承知しております。しかし、他の収録作品ではこれほどの酷い事には、なっていません!
この作品だけワザと、濃淡潰しをしたのか!?背中からでも、表紙にヌードはタブーか!?とすら、思えてしまいます。

また所々、セリフも変えてあります
ヒロインが、日本のデパートでの開催された、『アフリカ紹介のイベント』にケニアを代表して、コパニオンとしてやって来ます。そこで、そのデパートの関係者である男性社員達から、夕食の誘いを受けますが、彼女には個人的な用があって、断ります。
すると、日本人男性社員の一人は場所もわきまえずに、「~俺は黒人女なんかごめんだな。エイズはもともとアフリカの風土病だって話じゃないか~」という場面があり、それが女子トイレの前だったので、すっかりヒロインに聞かれる!という、醜態を演じる事になります。
当時の(現在も)アフリカ及びアフリカ人に対する、一般日本人のイメージがストレートに描かれるシーンであると同時に、一般日本人男性の女性蔑視までも同時に表現した、秀逸な場面です。

ですがこの場面のセリフが、文庫版では完全に変わっています。
「~アフリカなんか、わけのわからない風土病がいっぱいあるって話じゃないか~」
さらに、「~そりゃ黒人女とやってみたいっていうのは、わからんでもないが」と続くのが、「~そりゃ外国人とやってみたいというのは、わからんでもないが」と、差し替えられています。
エイズの発祥地や、ウィルス発生の原因も含めて未だに謎の多いデリケートな問題だけに、単なる雑談じみた陰口としては、安易に使えないというのは分かります。しかし、〈黒人及び黒人女〉という言葉まで、安易に使用できなくなっているとは・・・では、白人という言葉もダメなのでしょうか?
どうも、この文庫収録に際しての、微妙な変更点は潰れる黒の濃淡と共に、非常に不自由な感じがします。

それはともかく、この『ジャカランダ・ロード』では、主人公の母親のアフリカとアフリカに対する、逆恨みとは分かっていながら、抱いてしまう嫌悪感!
そして、ヒロインの祖父が未だに狭量で、娘のアフリカ人男性との国際結婚もその二人から生まれた孫娘、つまりヒロインの存在も認めない、頑ななまでの差別と偏見。これら、各々個人的な理由はあるにしても、差別される側から見れば、本人の資質の問題では無く、生まれながらの肌の色や国籍の違いという、自分にはどうにも出来ない理由で、差別される事に対する理不尽な想い!
しかもそれが、最も近しい肉親ですら有るのだという、悲しさが大きなテーマになっています。前作の『王国の獣達(けものたち)へ』から続く、アフリカの大地そのものとそこに住む動物達に国境は無い!という、明確なテーマとメッセージが、この物語を不幸にしない力強さになっていると思います。

前作は掲載誌が「セブンティーン」だった事もあるのでしょうが、主人公とヒロインは心身とも結ばれながら、主人公が空港から日本に帰る時に、なかなか「愛している」言えないところで、終わっています。
ですが、続編の『ジャカランダ・ロード』では、掲載誌が「YOU」になっています。
その為も、あるのかも知れませんが物語は既に5年が経過し、互いに大人になった二人は最初に空港で出会った時から、どちらも体で愛し合う事ばかり考えています。そして、遠距離恋愛を続ける若い二人にとって、それが極めて健全な愛し合い方として、自然に描かれています。
さらに、財産家の彼女の大きな家の、勝手知ったる?彼女の部屋でさっさと裸になって愛し合いながら、まるで今晩のオカズの話をするように、ヒロインは「子供が欲しいから結婚しましょう!」と言って主人公を驚かせます。
主人公が即答できない事から、短気な彼女は癇癪を起こして、彼を部屋の外に追い出してしまいます。続編は、事実上ここから始まります。

世界中を飛び回り自然の風景や、野生の動物を撮影するカメラマンとなった主人公ですが、日本人の若い男性にありがちな、「彼女は欲しいが、家庭と子供の事は考えない」ようにしていたと、反省します。
彼自身には、肌の色や国籍の違いは問題になっていませんでしたが、彼女の方は「もし、彼がそんな事を気にするような男だったら愛する価値はないッ!」という、ある種悲壮な決意までしています。この辺の、男女間の結婚に関する意識や感覚の差を、この作者は実に見事に自然に、大上段に構えずに描く事が出来ます。
それが、後の女性マンガの在り方の、1つのスタンダート言ってもいい描き方となっています。

実際のところ、最初に単行本に収録されたのはそれぞれ、1986年「フェードインLOVE・第4巻(完結)」と1993年の「Dear・My・Baby(ディア・マイ・ベイビー)」です。
雑誌掲載は、『王国の獣達へ』が1984年で『ジャカランダ・ロード』が1987年ですから、ある意味でこの作者がまだまだ若くて元気がありもちろん後に老いて元気が無くなるという意味ではありません!)新雑誌の創刊と共に、新しい分野に歩みだした直後で、確かにそれまでの少女マンガ的な甘さや、余りにも楽観主義的なところはあるでしょう。
けれど、その甘くて楽観主義的でありながらも、今日的な現実的な問題。日本人の外国人に対する、特に有色人種への偏見と遠いアフリカという土地に対する無知という問題は、未だに続いている根の深い問題です。
残念ながら、ある意味では悪化しているとも、言えるでしょう。しかしこの作品は、青臭い書生的な言葉と一蹴されるかも知れませんが、例え母親に認められなくても、祖父に理解されなくても、そして世界中の分からず屋達に対しても、キッパリと断言します。
分かって下さいって気持ちを伝える努力を忘れずに生きて行く」と。その事を若い二人が、互いの愛情と共に生きて行く事を確かめ合い改めて二人で前へ進む事を選択するという展開は、実に清々しく好感の持てるものです。

文庫本の後書きで、作者は「アフリカの大地に、暗い話しは似合わない」と記していますが、この大自然に囲まれ、様々な動物達と共に、同じ地球に生きる者同士が、分かり合えないはずは無いッ!
と言う余りにもシンプルで、楽観的に描かれた未来への希望は、時代的な背景や当時の社会状況にもよるのでしょう。しかし、アフリカの大地に国境はなく、国境は人の心の中にあるのだという、この2つの物語全体を通じたテーマ!が、まさにその今だからこそむしろ新鮮で、純粋に感じられるのだと思います。
その意味でも、この傑作選の文庫版は別々の単行本に収められていた、2つの作品を始めて1つの本の中に収めると同時に、敢えて続編のタイトル『ジャカランダ・ロード』を、この文庫版のタイトルにしたのだと思います。
その一つの理由は、主人公がヒロインからの結婚話で混乱していた時に、頭を冷やす為にアフリカで知り合ったバルーン(気球)・サファリをやっている知人を頼って、その気球に乗せてもらいます。そして改めて、信じられないほど広い、アフリカの大地とそこに生きる沢山の動物達。

たまたま、同じ気球に乗り合わせた人達は、皆国の異なる人々でした
その事に感激した、とある婦人が「すてきねェ、お互いとんでも無く遠く離れたところに住んでいる者達が1つのカゴに乗って空に浮かぶなんて!」と何気なく呟く感想が、主人公の心に響きます。
さらにこの婦人は、アフリカの大地と、サバンナの広大な地平線を遠くに望みながら、その余りにも圧倒的な広さと大きさに、感動してまた何気なく感想を口にします。「錯覚だと知っているけど、でも本当に地球がまあるく見えるわ・・・!
文字通り、主人公の中のもやもやが、吹き飛んだのはこの時でしょう。狭い気球のカゴの中で、押し合いへし合いの呉越同舟をしているのが、今の人間達やその国々そのものです。しかし実際に足下に広がる地球は、呆れるほど大きく狭いカゴの中の人間達は、空に舞い上がってようやくその大きさと美しさそして自分達が余りに小さく偏狭な事を思い知らされる・・・
彼は予定を急遽切り上げて、ヒロインを追い掛けて、日本に戻ります(完全な偶然だと思いますが、これらの感想は宇宙に行って、暗黒の宇宙と眼下に広がる青い地球を見た人々が、異口同音に語る事のようです。「地球は青かった」で有名なガガーリンの、もう一つの有名なセリフは、「(地上に)国境線は見えなかった」だと言われています)

その頃、主人公とは行き違いの形で、日本でのデパートのイベントの為に、日本に来ていたヒロインは思い切って、祖父母の家を訪ねます。
残念ながら、祖父は頑強に黒い肌の孫娘を否定し、会うどころか門を開ける事すら許しません。しかし祖母は、その事に別の感慨を持っている様子でした。祖母は、一事大病をして死線を彷徨い、その時このまま娘にも孫にも会う事も無く、死んで行く虚しさを感じたと言います。
そして自ら、デパートのイベントに足を運び、孫娘と対面します。結果、打ち解けた祖母は飛んで帰って来た主人公との結婚に、無条件で賛成し喜んでくれます。
ですが、祖父はその態度を変えようとはしませんでした。それは、事情のまったく異なる主人公の母もまた、同じでした。
結局、この若い二人の結婚式に、両家から出席するのは主人公の祖父母と、ヒロインの祖母だけとなりましたが、二人にとってはそれだけでも、大きな喜びとなります。

そして、何度もさんざん繰り返したこの《ジャカランダ》とは、日本のサクラのように樹に咲き誇る、花の名前だそうです。
その紫色の花びらが舞い散り、敷き詰められた中を純白のウェディング・ドレスが、黒い肌に美しく映えるヒロインが歩く姿を、主人公が何としても見たいと、言い出したところから来ています。その花の絨毯を恐らくはバージン・ロードに見立てて、日本人とアフリカ人の知人や家族達共に二人が教会へと歩んで行く姿が描かれて、この物語は終わります。
(註:ケニアを始めアフリカの多くの国は、イギリスの植民地でもあった事から、キリスト教徒が多いそうです)

エンディングには、二人であろう大人の男女と、その周囲ではしゃぐ子供達の姿が、アフリカの大地を背景に夕焼けの中黒い逆光の影となって浮き出しています
そして少し長くなりますが、次のような言葉で、締めくくられています。

「いつか子供が生まれて、大きくなって、それぞれのパートナーを見付け、同じようにこの道を歩くときが来るだろう」
「自分達のために、未来の子供達のために、一人でも多くの人にわかって欲しい」
「地球はまあるい、たったひとつの、わたし達のふるさとなのだと」
「わたし達はみな同じ、地球人なのだと」
「同じ人間同士、愛し合えないはずは、無いのだと・・・」

こういう雄大無限な、希望を持った言葉での終わり方は、この作者にしては極めて珍しい事だと、思います。


《2017年03月06日、作者・津雲むつみ氏の御逝去の報に接して、再掲載致しました。心からの御悔みを、申し上げます》










関連記事
ブログランキングに参加しています
良けれポチッと押して下さい


ブログランキング・にほんブログ村へ にほんブログ村 アニメブログへ にほんブログ村 漫画ブログ レディースコミック(ノンアダルト)へ
にほんブログ村 漫画ブログ 漫画考察・研究へ にほんブログ村 漫画ブログへ にほんブログ村 アニメブログ アニメ考察・研究へ

人気ブログをblogramで分析


ブログ拍手です管理者のみ閲覧コメントも可能

theme : 女性向けマンガ
genre : アニメ・コミック

line
line

comment

管理者にだけ表示を許可する

line


line

line
プロフィール

HINAKA

Author:HINAKA
『あんのんブログPart2・HINAKAの戯れ言』です。
本来は、『あんのんブログ・HINAKAの雑記』としてSo-netブログであったものが、So-netブログから追い出されて、ここで新たに構築するモノです。

line
検索フォーム
line
最新記事
line
カテゴリ
line
閲覧者数
ソネブロ以来の
総アクセス数




FC2以降の
アクセス数




ブログ全体の拍手



管理者のみ閲覧の
コメントも送れます



管理者宛
メール・フォーム






無料アクセス解析




FC2専用
ランキング











アクセスランキング


ブログパーツ





FC2バナー広告





ブログ村の
各種ランキング

(切り替え可能)》




line
最新コメント
line
Amazonでお勧め















line
映画情報
映画.com



line
月別アーカイブ
line
リンク
このブログをリンクに追加する




line
RSSリンクの表示
line
ブログ掲示板

line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
sub_line